私は一ヶ月後、この牛を殺します。〜私がヴィーガンにならないと決めるまで〜

「ヴィーガン」という言葉が聞こえてくるようになったのは、何も最近のことではない。

東京では意図せずに入店してもヴィーガン対応食のカフェであることが少なくはなく、そのどれもがおしゃれで、現代的だった記憶がある。

数年前、私の周囲にいたヴィーガン食を貫いてる友人達は、とくに私に何を押し付けるでもなく、「野菜の方が好きだから」という理由で食事を楽しんでいたという記憶がある。

そして私はそんな彼女たちのことを「意識高い系はすごいなー」と、ちょっと距離を置いたところから眺めていた。

とくに否定するわけでもないけれど、自分がそちら側の人間になる気はさらさらない、というのがその時の私である。

彼女たちが植物を食べているのを見ながらポークジンジャーソテーとカタカナで書かれた豚の生姜焼きを、何食わぬ顔をして食べていた。

しかしSNSが発達するのにしたがって、ヴィーガンを激しく推奨する「過激派」と呼ばれる人たちが現れた。

彼らの主張はどれも似通っていて、

  • 肉を作るために動物が虐待されているから肉食をやめよう
  • 人間はもともと草食動物だから、健康のために肉食をやめよう
  • 畜産業は環境を破壊するから肉食をやめよう

という考えをベースにしたものだ。

叫ばれ始めた当時は一部の人たちの話だと思っていた人も多かったとは思うのだが、最近では誰もが知る著名人たちが、ヴィーガン食を公言しはじめて、雰囲気が変わってきている。

そしてそこにさらに追い風をたてのたのが、女優の水川あさみさんではないだろうか。

彼女は上記に挙げた主張の中でも、ひらたくいえば「動物が可哀想」という考えに重きを置いて肉食を辞めた、という経緯があるので、そこを啓発する内容のものをポストをして、大きな話題となったのだ。

 

彼女がシェアをしたのは、「ドミニオン」という題名の映像作品である。

その作品は畜産業の現実にスポットを当てた、という名目のもので、生まれたてのひよこが生きたままシュレッダーにかけられたり、糞尿まみれの動物たちがムチで叩かれるなど、衝撃的な内容だった。

それを見たとき、多くの人たちが「あれ?もしかして私たちって、動物を殺して食べてるの?」と、初めて現実を突きつけられた気になったのだと思う。

なにを隠そうと私たちにとって、今まで目の前にあったお肉はパック詰されたすでに血の気の引いた「牛肉」「鶏肉」「豚肉」でしかなかったのだ。

 

しかし、その映像を見た人たちは始めてそのパック詰めされた肉達の正体を突きつけられ、「なんということだ。こんなものは食べられない」と、肉食を辞める決断をとることになる。

私たちが食べていたのは、ポークジンジャーソテーではなくて、豚の死体に味付けをしたもので、みんなで楽しく集まってやったバーベキューは、人間たちが牛の死体に串刺して、あぶって食べているという奇妙な晩餐だった。

そんな気づきと同時に、一部の人たちの中では「肉食を続けているなんて時代遅れだ」と、ヴィーガンではない人たちや、それに携わる畜産業を批判する流れも出てくることになる。

「あんな野蛮な人たちは、人間じゃない」なんていう風に。

 

googleで「ヴィーガン」と検索をすると、「hope for animal(動物のために)」というサイトがヒットする。

動物にとって畜産業がいかに酷い仕打ちを与えているかについてを解説しているサイトで、そのサイトのキャッチコピーは「動物はあなたのごはんじゃない」

簡単な言葉だけれど、なんだか胸をさすフレーズではないだろうか。

人に食べられるためだけに生まれてきて、生涯を縛られて過ごし、そして殺される動物たちがいる、という事実。

もしもヴィーガンの人たちが言うように、人間にとって「肉食」が本当に必要のないものなのだとしたら、それって娯楽で無駄に動物を虐殺しているだけってこと?

 

かくいう私はそれらの一連の流れを横目に、なんとなくの違和感を感じながらも肉食を続けていた。

多くの人たちと同じように、目の前にある焼肉がどこから来たのかを考えることは避け、「ドミニオン」もグロテスクだからという理由でほとんど再生しなかった。

見ないふりを続ければ、そこには何もないことと同じだと思っていたのかもしれない。

私はお肉や魚が好きだったし、それを辞めるというのはあまりにも大きな決断だからこそ、自然と考えることから逃げていたのである。

しかし、世間はよりヴィーガンに注目し、いつのまにか私の周囲のインフルエンサーもヴィーガン食を推奨するようになっていき……。

ついには、いつものように焼肉定食を食べている私の顔を覗き込みながら、最近ヴィーガンになった身近な友人に直接問いかけられることになる。

「ねえ、yuzukaは動物が好きなんでしょう?じゃあ、どうして殺して食べられるの?かわいそうだと思わないの?

人間は野菜や穀物だけで生きていけるのに、自分が楽しみたいからという理由で動物を虐殺することに、なんの罪悪感もないの?」

彼女はずっと溜め込んでいた心からの疑問をぶつけてきた、というようなきょとんとした表情で私に問いかけた。

 

その時、ああ、ついに向き合わなくてはいけないときにきたのだ、と思った。

私が避けてきた、考えないようにしてきた疑問を、ついに誰かに直接問われるときがきたのだから。

いくら見て見ぬ振りをしていても、そこにパックにつめれた肉がある限り、私に食べられるために殺された動物がいる。

焼肉定食になる前に、彼らには目も口も声もあった。

喜びを感じ、痛みを感じ、生きていて、そして殺された。

彼らはどうやって一生を過ごし、そして私に食べられているのだろう。

それは受け入れて良いものなのだろうか。

それとも動物のために肉食を辞めて、それを世間に発信していくべきなのだろうか。

その答えを出さずにこれ以上肉を食べ続けるのは、動物好きとは言えない気がした。

 

だけど一方で、一部のヴィーガンを推奨する人たちについて「この人達のいうことは信用できるのか?」

という疑問があったことも事実だ。

ここまで書いた部分について、私は一度も家から出て、何かを調べたりはしていない。

全てはスマホの四角い画面の中で調べたことでこしらえた浅はかな知識だ。

そしてそれは、私だけではないはず。

 

実際、彼らがうたう環境問題の多くや畜産業の現実についての見解は、どこも出どころが同じで、一歩通行。

話をしていると、同じ本、同じウェブサイト、同じ人の話からできたソースで考えを構築しているような印象を受けた。

きちんと勉強しているヴィーガンの方も勿論いるのだろうが、私の周囲にいる友人は、そうではなかったのである。

文献を集めてみたわけでもなく、実際に牛舎に訪れてみたわけでもなく、医者に話を聞いたわけでもない。

だけど「畜産業の現場では牛が虐待されている。人間に肉食は必要ない。畜産業は環境を破壊する1番の原因だ」と言い張る。

そしてその部分の根拠を尋ねても、同じような内容のウェブサイトを示されるだけで、矛盾を指摘したり、違った視点からの論文を提示すると、嫌な顔をして「でも動物を殺してるのには間違い無いから、細かいことなんて、関係なく無い?」と、切り返してきたりもして、それ以上は踏み込めなくなる。

 

人は何かのデータを見る時、信じたいように解釈する。

しかし、公平に物事を判断しようとする場合は、反対の視点も持たなければならないのである。

私には、彼らのほとんどがインターネットで発信された一方的な情報を鵜呑みにして、それをそのまま大きな声で叫んでいるように見えた。

それが自分の人生の中だけで行われることならただの自己責任だろう。

しかし多くのヴィーガン志向の方の目標は、「全員がヴィーガンになり、畜産業をなくすこと」だ。だからこそ知り得た知識を大声で叫ぶし、批判もする。

だけど「ヴィーガンになる」という選択は、人生においても健康面においても、とても大きな決断だ。

なんの知識も持たずに自身や周囲の人の食生活をがらりと変えようとしたり、畜産業の人達を攻撃する、というのはやっぱり危険であるし、私はそういう姿勢が嫌いだった。

実際になんの配慮もせずにヴィーガン食を無理して続けたことで、かえって体の不調が起こったという話も聞いたことがあるから、私は手放しで「じゃあ、ヴィーガンになろう!」とは、言えなかったのである。

「肉食を続けるのか」「ヴィーガンになるのか」

その二択の答えは、なかなか出なかった。

 

そして、考え抜く中で気づいたのである。

その問いに向き合うためには、自分自身が目で見て、感じて、話を聞いて学ぶ必要があるということに。

そこで考え付いたのは、お肉を作るすべての工程(牛を育て、殺し、そして食べるまで)に関わって、現実問題を取材することだ。

また、畜産業サイドだけではなく、当事者や専門家に話を聞いて、ヴィーガンというのが本当に健康に良いのかどうかについて学ぶ必要もあるだろう。

それら全てを通して「ヴィーガンになるか」を決める。

そしてその過程を発信して、皆さんにも選択をしてもらう。

「それでもあなたは肉を食べるのか」

 

実際の屠畜の現場の写真も掲載しているから、少しグロテスクな描写は避けられない。

だけど一度、目をそらさずに読んでほしい。

これは、あなたの人生に関わる話だ。

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