前編はこちら
「なんで風俗で働いているんですか?」
粉まみれの年下男に疑問を投げつけられた私は、突然、現実世界に引き戻されたような感覚に苛まれた。
なんてったって目の前の彼は粉まみれであるし、視線の端っこにある鍋の中には、手打ちうどんがグラグラと茹でられ続けている。
こんな質問、こんな状況でぶつけられるなんて、全くもって理解しがたい。
でも、粉ごしに見える彼の目は真剣そのもので、ふざけている様子など微塵もない。全くもって、理解不能である。
yuzuka:(コイツ…イカれてる…!!!!!!!!)
さて、後半は私が筆を取ろうと思う。
申し遅れたが、私が元看護師で現役風俗嬢の肩書きを持ち、尚且つ多方面でコラムニストを名乗っている、なんとも胡散臭いライター「yuzuka」である。
前田:そもそも、どうして風俗を始めたんですか?
yuzuka:お金です。母の借金を、肩代わりしました。今時こんな話ってあるんだって笑っちゃいますよね。複雑な事情はいろいろと絡んでいますが、最初のきっかけは、ソレです。
前田:看護師として働くだけでは、返せない額の借金…ということですか。
yuzuka:いえ、違います。法的な手続きは踏んでいますから、月々の返済額は、そこまで大きくありません。『普通のお仕事』で、返せないわけではないんです。むしろ高級店にいた頃は、一日10万円くらいは稼いでいましたから、真面目に働いていれば数ヶ月で返済完了していたはずです。
前田:え…では、どうして今も、風俗嬢を続けているんですか?ますます、謎が深まります。
yuzuka:楽、だったんです。
前田:楽?あれだけクソ客に乳首をこねくりまわされて、うどんに刃物を突き刺すほどにイライラしているのに、楽…なんですか?
yuzuka:前田さん。風俗嬢になって、一番怖いことって、なんだと思いますか?
前田:怖いこと。病気…とかでしょうか?
yuzuka:違います。辞められなくなることです。
前田:イミガワカリマセン
yuzuka:私、パッと稼いで、サクっと返して、すぐに辞めるつもりだったんです。それが最近、『どのくらいその業界にいるの?』って聞かれて、思い出してみたんですよね…。結局通算、5年でした。
前田:…長いですね
yuzuka:最初は看護師と掛け持ちで、週に一度出れば良い方でした。それがどんどん、風俗へ比重が傾いていった。だんだん、看護師として働いている時間がバカらしく思えてくるんです。時給に換算したら、10倍は違いますからね。そのうえ、遅刻し放題、欠勤し放題、お昼寝し放題。責任感も微塵もありませんでしたから、看護師なんかよりも、遥かに楽でした。なんにも考えなくてよかった。その魅力にズルズルと足をひきづられ、気づけば、看護師を辞めていました。
前田:辞められなくなるって、意外です。僕は逆に、風俗って『いつでも辞められる仕事』だと思っていました。
yuzuka:みんな、そう思うんです。いつでも抜けられる。だけど、あと少しだけ楽をしたい、稼ぎたい…。そうして、普通の感覚が蝕まれていく。実際、『風俗嬢の出戻り率』は、異常に高いです。
前田:辞めても戻ってくる、ということですか?
yuzuka:そうです。卒業とは名ばかりで、しばらくすると源氏名を変え、店を変え、ほとんどみんな、戻ってきます。
インターネットで6万円の商品を、所持金なしで代引き購入するようになれば、もう戻れません。『明日我慢すれば稼げるし』って感覚になっているんです。手元になくても、明日には多額の現金が手に入る。そんな考えになれば、金銭感覚も滅茶苦茶になります。
こうなると、ギャンブルやドラッグと同じです。『抜けたくても抜けられない』地獄の始まり。普通の生活に、戻れなくなるんです。
前田:結局、5年間働いて、借金は返せたんですか?
yuzuka:返せていません。
前田:一日10万円も稼いでいたのに……一体、何に使ったんでしょう?
yuzuka:記憶がありません。風俗嬢を始めてから金銭感覚が狂った私は、ストレスの捌け口を、散財に向けるようになりました。
といっても、ホストにもギャンブルにもブランド品にも興味はありません。その代わり、毎日の消費を、なりふり構わず行います。
出勤後のコンビニで、心に何かを詰め込むように、カゴいっぱいに買い物する。いらないものばかりです。だけど、手元にあるだけお金を使う。使うことで、ストレスが消えていく…。これを、前述したホストやギャンブルにつぎ込む女の子も、かなり多いです。結局、稼いでも使ってしまえば手持ちのお金がなくなりますから、また出勤する。無限ループです。
前田:結構…クズですね…
yuzuka:ウドンとともに茹でられたいですか?
・・・
前田:ちょ、ちょっと待ってください。今の話を統合したら、yuzukaさんにとって風俗で働くことって、楽なんですよね?
楽ができて、お金も稼げる。それなら、『風俗で働くこと』って、実はそんなに悪いことではないのでしょうか?
yuzuka:…
前田:もしもyuzukaさんの読者が、風俗で働かなくてはお金がなくて、借金をするしかないのだという相談を投げかけてきたら、なんて答えますか?
yuzuka:借金しろ、と言います。
前田:楽で、少し我慢すればお金が稼げて、金銭問題も解決できるのに、ですか?
yuzuka:借金は返せば跡形もなくなります。でも、風俗で得た記憶、感覚、過去は、一生消えません。『辞められなくなること』が怖いことだと言いましたが、実は本当に苦しむのは、『風俗を辞めて、幸せになろうとした時』です。
前田:風俗を辞めてから、苦しむ。一体、どういうことでしょう?
yuzuka:私、今幸せなんですよね。全ての過去を知った最高のパートナーにも恵まれて。
前田:えーなになに!突然のノロケですかぁー?
yuzuka:幸せなら良いじゃないって思うでしょう。でもね、思えないんですよ。私は風俗の仕事をして、『結婚』や『出産』に対する夢を失いました。
『男』への憧れも消えた。どんなに素敵なパートナーが隣にいても、私が相手をした何百人の『クソ客』たちの記憶は、消えない。結婚指輪をつけている男に身体中を舐められたり、プレイが終わったあと、裸で腕枕をされながら、愛妻や愛娘の待ち受けを見せられたことが、脳裏に焼き付いているんです。
『男なんて』という気持ちは、おそらくどれだけ時間をかけても、拭うことができないでしょう。
前田:男性不信、ですか。
yuzuka:それ以外にも、常に自分を卑下してしまいます。『風俗で働いていた私が、こんな人と釣り合うわけがない』って、思うんです。相手が理解してくれていても、同じです。私のパートナーは全ての事情を知っていますが、その事情を、彼の親友に話したらしいんですよね。その時の反応って、どんなだったか予想できますか?
前田:分かりません…
yuzuka:『騙されているに決まっている』です。相手が風俗嬢だというだけで、それ以外の全ての経歴や言葉は、うさん臭くなります。彼まで『風俗嬢に騙された男』としてのレッテルを貼られる。『全てを理解して欲しい』なんて、全くの綺麗事です。あの時、頭からカミナリが落ちたような感覚に襲われました。その時、初めて思ったんです。『過去を消したい、なかったことにしたい』って。
前田:そうですか…。なんだか、胸が苦しくなりました。
そういえば、過去に『風俗で働いていること』を言っていない彼氏がいたって言いましたよね?仕事とはいえ、相手の知らないところで他の男に抱かれる。罪悪感はなかったんですか?
yuzuka:ありました。でも、『風俗嬢であった事実』は、本当は、永遠に隠すべきだと思っています。確かに言えば、言った側は楽になります。罪悪感は薄れるかもしれません。私のことが好きな相手であれば『それでも良い』と、愛し続けてくれるかもしれません。
前田:それでも、嘘をつくべきですか?
yuzuka:さっきも言った通り、事実を話すということは、相手にも『過去』を背負わせる。ということになります。
パートナーが過去に風俗嬢をしていたという事実は、相手の人生にも付着します。心に沈殿します。理解しろなんて、酷なんです。
周囲に言わなければ良いのかもしれません。でもそれって、相手にも嘘をつかせることになる。そんな権限、ありますか?そんなことをさせてまで、一緒にいさせたくありません。
巷にはそんなややこしい事情なんて一切ない、キラキラとした可愛い女の子がウジャウジャいるというのに…。私は、こんな『事実』に、誰かを巻き込みたくないんです。
だから、1人で背負っていく。
それがせめてもの、相手への『優しさ』だと思っています。
前田:一度風俗嬢をしたというだけで、男性嫌悪が加速し、自分に自信がなくなり、そのうえ、『一生嘘をつき続ける』という責任を背負う…。いくらお金が稼げるとしても、ちょっとリスクが高すぎる気がしてきました。
yuzuka:『責任』といえば前田さん、あの鍋で茹でられているウドン、かなり煮え過ぎていると思うんですけど、誰が責任を持って処理するのでしょうか…?
前田:…忘れてた!
yuzuka:そんだけ粉まみれで忘れるって、ある意味すごいな、おい。
・・・
前田:さて。想像の何倍も重たい話を聞いたので、既に胸焼けしているんですけど、ウドンが完成しました!!!!
yuzuka:(着替えてる…)私がクソ客への恨みを込めて、踏んだり蹴ったりして作ったウドンですね。
前田:食欲がなくなるので辞めてもらえますか。
yuzuka:…
前田:yuzukaさん。ウドンを食べる前に、今日最後の質問をしても良いですか?
yuzuka:どうぞ
前田:風俗で働くことについて、どう思いますか?
yuzuka:死ぬか風俗するか。その二択まで追い込まれたら、面接に行けば良いと思います。命に比べれば、過去を背負うなんて容易い。
だけど、『なんとなくお金が欲しい』とか『楽そうだ』とか、そういう気持ちでは、絶対踏みこんではいけない場所です。
良いですか?過去は消えません。『風俗で働いた』という記憶は、例えたった1日だとしても。一生、あなたの記憶に居座り続け、ジワジワと心を蝕みます。『迷うなら、働かないで』これが、全てです。
前田:いただきます!
yuzuka:(イカれてる…)
!!!!
yuzuka:どう?
前田:予想以上に歯ごたえがあって驚いています。
確かにおいしいとも思いますが、やっぱり普通のがいいです。
それにしても意外と楽にできるんですね。
まあ、大変なのはこの後片付けですが。
街中で配られるポケットティッシュ、楽しそうでカラフルな求人サイト、駅の看板。いたるところに張り巡らされている、「風俗」への入り口。
「すぐに辞めるから」「この事情を解決するためだけだから」そんな事情で「風俗で働く」という選択をしてしまったら…。何かあるごとに、その選択肢が、頭に浮かんでくるようになる。心に落ちた一滴の雫は、みるみるうちに、あなたの心の色を変えてしまう。一度染まってしまった色は、なかなか取り払うことができない。
「働くな」とは言わない。だけど、覚悟はして欲しい。あなたの一度の選択が、あなた自身を、あなたの大切な人を、一生苦しめるかもしれないから。
ジャンプ力に定評のある前田 Twitter→(@jumpmaeda)
yuzuka Twitter→(@yuzuka_tecpizza )